«前へ  [  1  2  3  4  ]  次へ»

たくさんの出会いがあったからイタリアへの情熱は途切れなかった。

― 聞いているだけでも面白そう!もちろん、アルベロベッロの人たちが人懐っこいのもあると思うけど、田邉さんの人柄というか引きの強さというか、いろんなものがかみ合った出会いだったんでしょうね。

それで更に、その後、僕の人生を変えるほどの人とも出会ってしまって・・・。

― それはどんな出会いだったんですか?

#
修復家 ニーノ氏

その翌日なんですけど、前日に行ったお土産屋さんに再びふらっと立ち寄ったんです。すると、おばちゃんが「あなたを待っていたのよ。あなたはうちの旦那に会わなくちゃいけない」っていうんです。

本当は移動の予定だったんですが、とりあえず、言われた時間に行くと、そこで出会ったのが、その後、長い付き合いになっていく建築修復士のニーノだったんです。

― 本当に偶然が重なった感じだったんですね。でも、旅先であって仲良くなったとしてもちょっと怖い部分もありませんでしたか?特にイタリアだし。

いや、最初は僕もとっても警戒していたんです。でも、彼らと話しているうちに人柄に惹かれたのと、その日の晩に夕食に誘われたんですけど、おうちで食べた料理とワインがすっごく美味しくて・・・(笑)この出会いは衝撃的でしたね。

ホームパーティーの様子

― その後、日本に帰国されてから、再びイタリア熱が復活した感じだったんですか?

帰国後、復職してからしばらくは普通に働いていたんですが、当時はバブルの後で景気もどんどん悪くなっているときだったんです。それである時、社内で社長から直々に依願退職者の募集があったんです。一応、落ち込んだんですが、その日に家に帰るとたまたま、アルベロベッロのニーノ夫妻から「今度いつ来るんだ?」っていうような内容の絵葉書が届いていたんですね。当時25歳だったんですが、身の振り方をすごく考えました。

でも、結局、イタリアに何かを感じていたんでしょうね。思いきって電話をかけてそっちで仕事が出来るか聞いてみたんです。すると、ママのニネッタは一瞬、考えたんですけど、3秒ほどしてから「スィー(はい)」って言ってくれたんです!その瞬間何かが吹っ切れてその翌日には辞表を出していましたね。

― もちろん、男性に限った話じゃないですけどですけど、25歳というと一番悩む時期じゃないですか。いろいろなリスクも考えちゃうし。でも、こうやって聞くと元の職場の事情も含めて運命がイタリアに導いているようにも感じるし、良く決断しましたね。

後からママに聞いたら「あの時はいろいろ考えたけど、そう言うしかなかった。」っていうことだったようです。でも、僕はそれを信じたんです。

― ママの心意気というか、何とかなるだろうという部分も含めて優しさですね。再び戻ったイタリアはどうでしたか?

最初は何日か修復の現場を見学させてもらったりしていたのですが、やはり、仕事なんかあるわけ無くて、一か月ぐらいしてから仕事を探しにミラノに行ったんです。そこで日本人の設計事務所など、方々に電話をかけたら一社だけ明日から来てもいいよと言っていただいた会社があってそこで、少しの期間お世話になったんです。ただ、ビザも労働許可もあるわけじゃないので結局、3カ月後には帰国しました。

― やはり、いきなり行って仕事を探すって難しいことですからね。当時の気持ちとしてはどんな心境でしたか?

対談中の様子

それが、意外に気持ちとしてはすごくスッキリしていて、とにかくやりたいことにチャレンジしてみたんで後悔とかはあまり、無かったですね。結局、その後は知り合いの設計事務所にお世話になって、気が付いたら、そこで5年ほど働いたんです。その間に結婚したり、29歳の時には建築士の免許も取って一応、細々と事務所を構え始めたり・・・。ただ、イタリアへの思いはずっとありましたね。

― でも、仮にイタリアに行こうと思っても結婚して独立して、しかも30才近くになってくると、20代半ばの頃よりももっとリスクを感じちゃいませんか?

ええ。だけど、当時、自分は独立してちょこちょこ仕事をもらってはいたんですけど、景気の悪い時期ですから結局、あまり、仕事は無いんですね。それで、どうせないならもう一度、チャレンジしてみようと(笑)。それも私費じゃ無くて国費で留学しようと思ったんです。

― すごいなぁ、賛成してくれた家族もすごいし。なんかもう、イタリアへの情熱ですよね。国費留学はいろいろと条件もあって難しいと思うのですが、どうやって手続きを行ったのですか?

全て自分でやったのですが、一番大変だったのは一般的にはこっちの大学に教授同士のパイプがあったりして推薦状などを手に入れられるようですが、僕の場合は全く無かったので、これも入りたい大学(バーリ工科大学)にアポ無しで行って教授と掛け合って自力で取ってきました。あとは大量の書類作成と面接などの試験があるのですが、これらもなんとか通って、無事、再びイタリアに行くことが出来るようになったんです。

«前へ  [  1  2  3  4  ]  次へ»
Earth Interview01 三國清三 Earth Interview02 小菅優 Earth Interview03 舘野真知子 Earth Interview04 須藤生 Earth Interview05 田邊淳司 Earth Interview06 吉良さおり Earth Interview07 平富恵 Earth Interview08 横山智佐子 Earth Interview09 HIDEBOH Earth Interview10 高木康政 Earth Interview11 板倉由未子 Earth Interview12 CHISATO Earth Interview13 門田瑠衣子 Earth Interview15 桂かい枝 Earth Interview16 中島央 Earth Interview17 鈴木岳 Earth Interview18 廣川まさき Earth Interview19 大澤亮 Earth Interview20 高良結香 Earth Interview21 佐々木裕子 Earth Interview22 トシバウロン Earth Interview23 サンドラ・ヘフェリン Earth Interview24 岩井孝夫 Earth Interview25 井原慶子 Earth Interview26 喜井豊治 Earth Interview27 木全ミツ Earth Interview28 梅若ソラヤ Earth Interview29 中島央2 Earth Interview30 大山光一
TOPへ