Earth Interview10 高木康政
ヨーロッパでもっとも権威のある「ガストロノミック アルパジョン」を日本人最年少記録で優勝すると帰国後もその卓越したセンスとお菓子への熱い情熱で様々な革命を業界に起こしてきたカリスマ・パティシエ高木康政。第2の故郷、フランスでの修行時代と次世代パティシエ達への熱き思い、そして今後の夢とは?アースタイムズ代表、須藤との対談をお送りします。
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フランスで経験した差別にリベンジを誓う!

― 高木さんがお菓子作りに興味を持ったのには何かきっかけがあったんですか?

特にキッカケのようなことってないんだけど、うちの母親は味噌を自分で作ったり、お菓子でもなんでも自分で作っちゃう人だったから手伝いながら自然と興味を持った感じなのかなぁ。

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小学4年生のある時、家に誰もいない間に初めて自分で勝手にマドレーヌを作ったんだよね。母親が帰ってきたら怒られたんだけど、あとで家族に食べさせたらみんな美味しいって喜んでくれたのが嬉しくてね。やっぱり、何かを人にして喜んでもらったという感動があったのが今の自分の原点なのかなって思う。そんな思いがあるからうちの店のロゴもマドレーヌなんです。

― なるほど。お母様の影響があったんですね。でも、小学生にしてお菓子作りをしちゃうこどもだったら本格的にこの道を目指そうと思ったのはけっこう早い時期からだったんじゃないですか?

いや、真剣に考えたのは高校卒業間近の頃かな。通っていた高校は進学校だったんだけど、なんか、このまま大学に行って社会へ出たらどうなるのかって考えたら急にいろんな周りの事が馬鹿らしくなっちゃって。それで一回きりの人生だったら好きなことをやろうと思い、飛行機が好きだったからパイロットとか整備士とか悩んだんだけど、結局、小さい頃からずっと好きでやっていたお菓子職人の道に行こうと思ったんです。

― 進学校へ通っていたわけだし、当時の時代背景から考えたら最初、親に伝えた時は反対されませんでしたか?

そりゃ、最初は大反対されたよ。だいたい、大学受験を辞めてお菓子屋になるって始めて言ったのが高校三年の11月だし(笑)しばらくは口もきいてもらえなかったからね。でも、こっちも本気だからちゃんと資料を持っていってプレゼンするわけ。そしたらある時、親父に「フランス菓子をやりたいならフランスに行け。その代わり、やるからにはとことんトップを狙って、ダメだったら大学に行け」って約束をさせられたんだよね。それで、フランスのパイプを持っていた辻製菓専門学校へ入ったんです。

― そんな男の約束を交わしたからには専門学校に入学してからはプレッシャーもあったんじゃないですか?

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それは常にあったよ。専門学校からフランスに行かせてもらうには面接や試験があるんだけど、実技なんか平均点以上取るのは当たり前だし、身だしなみが悪かったり、遅刻や欠席ももちろんダメなわけだから。熱があって先生に帰りなさいって言われても、粘って全ての授業に参加してたしね。

― きっと他の学生に比べたらすごい緊張感で取り組んでいたんでしょうね。そんな努力の甲斐あって優秀な生徒の一人として選ばれ、20歳にして初のフランスへ旅立ったわけですが、フランスの最初の印象ってどんな感じでしたか?

とにかく遠い国だなと。というのも当時はアラスカのアンカレッジ経由だから留学先のリヨンまで行くのに30時間以上乗り継ぎでかかるんだよね。それで、そこからさらにバスで数時間ゆられた田舎町なんで時差ボケがすごかったのが最初の印象。だから感想があるとしたら「寝たい~!」かな。

― 当時のヨーロッパなんて今と比べたらすごく遠いところですからね。それに加えてインターネットなんかも無い時代だから情報が隔離されてしまうのもわかる気がします。現代の留学とは全く感覚が違うと思うんですが、そんな土地で学び、インターンシップまでやるというのはどのような感じなんでしょうか?

まず、最初の半年間はリヨンのシャトー・ド・レクレールっていうところでフランス語を中心に学んで。 半年経ったら、それぞれ近郊のお店に修行に出るんだけど、自分はリヨンの北にあるヴィルフランシュ=シュル=ソーヌというところだったんだけどすごく楽しかったよ。


ただ、元々、そんなに得意ではなかったのに言葉を覚える期間が半年間しかなかったからお店に入ってからは大変だったなぁ。あと、やっぱり、当時はフランスでも南部の方はまだ人種差別も多く残っていたのでそういう環境での経験というのは大きかったよね。

― 保守的な田舎の方とはいえ、人種差別があるっていうのはちょっと驚きです。実際にはどんなことがあるんですか?

例えばカフェに入っても黒人のお客だと席に座らせてさえもらえないとか、そんなことはしょっちゅう見かけたし。実際に経験したのは仕事場や寮で「お前の肌の色は何色だ?」って聞かれて「おまえは戦争に負けたジャップだ」なんて笑われて馬鹿にされたことは何度もあったよ。ショックだったし、帰国する時にはこんな差別をしている国に二度と来るかって思ったのを覚えてるなぁ。まだ自分に見返せるだけの力が無かったっていうのもあるけどね。

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