Earth Interview30 大山光一
マッキンレー、キリマンジャロ、アコンカグア、コジウスコ、エルブルース、チョモランマからなる七大陸の最高峰を制覇し、この10年間で何度もヒマラヤ登頂を成功している日本屈指の登山家だが、本格的に登山を開始したのは、なんと50歳から。 その登山にかける情熱はどこから来るのか?サラリーマン登山家と言われる大山光一氏とヒマラヤ登頂時のエピソードや秘話をもとに、アースタイムズ代表・須藤茂との対談をお送りいたします。
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山登りのきっかけは「尾瀬に行こうよ」みいたな気軽な感じ(笑)

― よろしくお願いします。大山さん、これまでで世界の名だたる山での登頂を成功されていますが、もともと山が好きというところからスタートしているんですか?

よろしくお願いいたします。 最初から「登山家になろう!」と思っていたわけではないですよ。もちろんハイキングや山登りなんかは当時から好きでしたけど。 きっかけと言えば、1970年代頃になりますね。その頃は植村直己さんがヒマラヤ登頂を成功した時だったんですけどね、その頃に埼玉県の山岳連盟登山隊に参加することになったんですど、そこに参加したところがきっかけですかね。

― なるほど。でも山岳連盟に入られて、それでいきなりマッキンレー(1973年)にチャレンジすることになったんですか?

もちろんそういうわけではないですよ。連盟として組織を作って登頂をするわけですから、まずはそこに選ばれないと行けないですね。当時の山岳連盟の事務局長の方に「今度海外に行くから一緒に行かないか?」って声をかけてもらったんですね。スカウトのような形でした。 本当に入り口はよくある「尾瀬に行こうよ」って感じで始めたようなものですからね(笑)。でも、そんな時に埼玉県の山岳連盟に誘われたんで、せっかくやるんだったら頑張ってみようかと思って。 ただ、どちらかと言うとマッキンレーなんかも、もともと好きだったハイキングや山登りの延長線上のようなものと考えてましたけどね(笑)

― 大山さんは、それまで体鍛えたりスポーツされたりはしてたんですか?

いえいえ、全くですよ(笑)本当に山登りとかハイキングが好きだっただけです。

Earth Interview30 大山光一

― そうなんですね!てっきり今までの経歴を見る限り、「登山家になろう!」って思ってらっしゃったのかと思いましたが、気軽な感じのスタートだったんですね。 特別に鍛えていたわけではないのに、それは凄いことですね。でもそのころは、海外の山に登るってこと自体少なかったんじゃないんですか?

今となっては海外の山の登頂はよくあることですが、当時は殆どなかったですよ。カラコルムヒマラヤ(1974年)にチャレンジをして、そこで区切りをつけてやめたんです。

― なるほど。そこで一度区切りを付けたということですが、50歳になられて新たに登山を再開されたのは何故だったんですか?

そうですね、50歳になり21世紀にもなって、ずっとサラリーマンをしてたんですが、10年後に定年を控えてるわけですよ。そうなると自分は誰のために生きているのか?って思うようになるんですね。家族のため?仕事のため?とは思っていなかったので、50歳になって自分のやりたい事をやろう!って思ったんですね。それがきっかけとして、「7大大陸の高いところを全部制覇してやろう」って気持ちになりました。その時に「登山10年計画」ってのを考えて、50歳から60歳の間に達成しようと考えたんですが、58歳のヒマラヤ登頂の成功で7大大陸の登頂を成功して、セブンサミッターの仲間入りを果たしたわけです。

― その間はサラリーマンは続けていたわけですよね?

もちろんです。会社はやめない、家庭も大事にするということは決めてましたから。

― 我々のイメージとしたら、そういうレベルでチャレンジしているかたっていったら、「登山家」を名乗って、スポンサー募ったり講演会をしたりしているイメージですが全くそういうわけではないんですね。

そう言うのはないですね。スポンサーもない。肩書としても持ちだしたのは60歳からになってからですね。

Earth Interview30 大山光一

― 凄いですね。なんだか勇気づけられます。一般の方で身近にできる方を知ると。

そうですよ、誰でもチャレンジすれば出来るんです(笑) 一番最初に登ったのはアラスカのマッキンリーなんだけど、一番大変だったのはチョモランマでしたよ。何が大変って8,848mを58歳で登るっていうことがね(笑)お金もかかるし、体力もなくなるし。逆のことはよくあることなんですよ。若い時にエベレストに登って、それから7大大陸を登るってことはね。だから一番大変なの(エベレスト)を最後に残すっていうことは辛いことなのよ。だって若くて体力あるときに一番高いとこ登っちゃえば後は低いところだけなんで(笑) 1回目のマッキンリーから考えたら34年間かかったけど、退職はしないで有給休暇だけでチャレンジして、家族もいるし子供2人いるけど、どうにか2008年に達成することが出来ましたね。

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